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2009年05月26日

ゴーギャン展

ゴッホの耳を切り落としたのは、
 
実はゴーギャンだった!?
 
 
 
 
つい最近までゴッホは自分で耳を切り落とす精神障害だった。などの諸説を覆す新しい説が浮上した。
 
 
 
話題性の多いゴーギャン。
 
 
私が彼を好きなのは、彼の哲学的なところである。
 
 
その彼の代表作、
【我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか】
 
 
 
下のリーフレットがその彼の代表作。
 
2009_5_24_gauguin_1.jpg
 
 
2009_5_24_gauguin_2.jpg
 
 
 
子供の頃、よく父親に
 
『何で僕は生まれてきたのか、どうして人間は生まれてくるのか?なんでなんで?』
 
としつこく聞いていたのを覚えている。
あまりにしつこく聞くので、父親も怒っていた。
 
 
大学時代の私は、哲学書を読みふけりその答えを探したりもした。
 
 
 
 
ゴーギャンのこの大作を目の前にすると改めて人間の生について考えさせられる。
 
 
仏像やひそひそと話す女性達、肩を抱きながら立っている2人の女性。
 
暗い印象を受けるこの作品は、ピカソのゲルニカをも想起させる。
 
 
 
 
 
 
ゴーギャン展が空振りだった前回、先週日曜日はそのリベンジもあってか?わくわく感を抑えられなくとっても楽しみだった。
 
 
 
会場はすごい満員で列をなして鑑賞するのは、自分のペースで見ることが出来なく少々残念だった。
 
 
 
ゴーギャンが絵描きを志したのは35歳。
 
 
いくつになっても命を賭して闘えば、
その道のプロとして評価されるようになるのだろう。
 
 
 

投稿者 中村 憲広 : 2009年05月26日 18:22


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コメント

お久しぶりです。
《ゴーギャンが絵描きを志したのは35歳》←これ、驚きですよね!そして、このテーマも凄いです、【我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか】なんて。
実は私も「何で私は生きているの?」と、親を困らせた“親泣かせ”な子でありましたが、その時、今は亡き父が「う~ん、『我思う、故に我在り』だな…」とか小学生の私には未だ理解不可能なことを申していたような気がします…「コギト・エルゴー・スム」(あってますよね?)ビアスなんかは、またこれと違う言い方をしたみたいなんですけれどね。高校時代にデカルトとかカントを「デカンショ(デカルト+カント)」と覚えていた記憶も。デカルトさん、稀に見るチーズ好きで「奴はチーズの食べ過ぎで死んだ」という伝説を宗教の先生から聞いたような。あっ、ゴーギャンの話から飛びました。一時期、ゴッホとはルームメイトでしたけれど、喧嘩が多くなってしまったようですね…人間同士ですから、いろいろあったんでしょうけれど。きっと、ゴッホさん、優し過ぎたんですよ、ザアカイみたいに収税人していたようですが、貧しい人に同情して、仕事として割りきれなかったり…そんなゴッホさんに、しびれを切らせたのかも、です…あくまで私の妄想範囲です…

投稿者 ルルイエ : 2009年06月08日 09:51

ルルイエさん

お久しぶりです。コメントありがとうございます。

明王伝レイや哲学的なところとか、けっこう思考が似てます?!

デカルトさんチーズの食べすぎで死んだんですね。
でも、なんでも食べすぎは良くないですから、ありえそうです。糖尿病とか脂肪肝とかそういったたぐいですかね。

最近の説によりますと、
ゴッホとゴーギャンは女性の取り合いで口論になり、
たまたまそこに置いてあったナイフを振りかざしたら、ゴッホの耳にあたり切れたというのが新説です。
ゴッホは気がふれて自分自身で耳を切り落としたと言う説が通説でしたが、ゴッホとゴーギャンの女性問題の後、家を出て行ったことや耳の切れた自画像なんかで新説もまんざらありかな?とも思いますが。
ただ寡黙なゴッホは耳の事件を誰にも言わなかったみたいです。その後もゴーギャンと親交があったみたいなので、本当なのかどうかは甚だ疑問ですが、本当だとすれば心の広い人情味に厚い人物像が浮かび上がってくる気がします。

投稿者 トンガリスト : 2009年06月09日 11:32

おはようございます。
おぉ!女性問題でしたか…「恋に主従(友人)は拘わりなし…」というところですよねぇ。恋の問題かどうかは、私は当事者でも当時の目撃者でもないわけで、判り兼ねますが…(笑)
ゴッホ氏は、お優しい方だったというのは、本当だと私も思います。それにしても、後世の時代に彼らの“GM”(great masterpieces)がこんなに評価されているなんて知ったら、彼らどう思うでしょうね?いつの世も、その時にはみんな解ってくれない。でも、後に続く人たちが気づいてくれるんですよね、人心ってそんなものかも知れませんね。
ホルスト氏にしてみても、そう言えますよね。こんなに皆の心を癒してくれる音楽を遺して。新潟の地震で被害に遭った方々も、あの“ジュピター”の歌を(何方でしたっけ、忘れました、申し訳ないです)聞いて、涙して居たそうです。。。
私が、“木星”を知ったのは、宇宙大作戦(スタ・トレ)がきっかけでした。ウィリアム・シャトナー氏、渋かったですねぇ。また、飛んでしまいました。

学生時代から、絵画など大好きでしたので、こういったお話にはとても楽しいですね。あぁ、それから、ヒトラー氏のことなんですが、あの方、絵描きになりたかったそうですね。でも、美術学校の先生には、「君は、建築設計の方に向いている」と言われたそうです。先生のご鞭撻通りに黙って建築の勉強をしていたら、ブルーノ・タウトのようになっていたかも知れないのに…愚かですね、彼は…

投稿者 ルルイエ : 2009年06月11日 08:55


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